14,Apr.06 (金) 00:40
悪いがアイツがその前にどうしてたかなんて知りはしない。 所詮後世の伝記など、殆どが伝説か神話のたぐいさ。 あの潔癖症の溺水者ヨハネの前に現れたアイツの第一印象といえば、ただガラリア訛りの内向的なアンちゃんってところだ。
ところがヨハネさんが入会の儀式でアイツの頭を水に沈めようとした時、ナニを思ったんだか急ににらめ返してこう言い放った 「アンタはナニを罪として洗い清めようってんですかい?」 なにしろ当時はNO1の預言者と目されていたヨハネさんだ、そんな返答は予測していない。 「ではきみはナニも罪は犯していないと言い張るのかね?」 するとヤツはこう応えた。 「アンタはナニが罪だとは答えていない」
人生ってのは不思議なもので、数年後にアイツに会った時に俺はナニか運命的なモノを感じていた。 ヨハネさんが変態少女趣味のヘロデ王に殺された今、コイツしか俺の夢を叶えるヤツは居ない。 こんな屈辱的なユダヤ世界を帝国主義者の圧政から開放してくれるのはコイツしかいない。 全ての権力に『否』をつきつけるコイツしか・・・
ところが一緒に旅するうちに俺にはコイツがいよいよ判らなくなってきた。 大酒のみで節制という事を知らない。 オンナがソバに居れば得意になって説教をたれる。 侵略軍の軍曹の頼みでも暢気に受けてしまう。 しかもお仲間といえば猟師や収税人や神殿娼婦なんて連中ばかりだ。 まるでマトモなとは思えない。
神殿のお偉いさんが俺に言い寄ってきたのはそんな時だ。 「我々だってこんな状況は本意じゃない。 なんとかしたいとは思っている。 しかしその為には皆が団結しなくてはいけないんだ、例え両替商といえど。 だが彼はそれを理解しているか? 単に自分の思うが侭に人々を動かそうとしているだけじゃないか」
イタかった。 俺はこの社会のために自分を犠牲にしてきたつもりだ。 ところが俺の先生ときたら、この社会などどうでもよくて、カタワの病人がどうしたって事ばかりにこころを配り、俺たちの尊厳など金貨の表裏ほどにも気にかけてはくれない。 俺は決心した。 そうアイツを告発するんだ。
裁判はあっけなく進む。 アイツはナニも抗弁しない。 民衆とはいつも権威のある方に見方する。 ゴルゴダの丘にアイツは一日十字架に晒されて、そして死んだ。 男たちは俺に言う「これでお前も立身出世だな」オンナたちは言う「この裏切り者」 でも俺のこころはこう叫んでいる「誰がイエスを殺したんだ? 俺か? そうじゃない、お前たちだろ?」