blank in me


とても疲れていた。

歩くのが嫌やになるほどに
二人してふらついたのだが...
どこにいけば僕らの消え失せた体温を
取り戻せるのかさえ検討がつかない
雪国育ちのふたりには
乾いた寒さには不慣れなばかりで
高円寺から阿佐谷にぬける路すがらに
吹く風は骨の芯から熱を奪うばかり

迷ったのかな?
電話番号何かに控えてない?
だってこんなに遠いだなんて
思わなかったんだもの
そうだね
昨日電話で話してた時は
駅までむかえにきてくれるっていうんで
それ以上は聞かなかったし
ねえ本当に前に来たことあるの?
ああ、でもあのときはマダ昼だったから
やっぱり駅でまってたほうがよかったのかな?
私たちってせっかちすぎるのよね
だって1時間はまってたぜ!
わかってるわ
モンクいってるわけじゃないよ

そうだ彼女はいつもモンクをいう前に
先へと一歩をふみだしている
僕らは性急に前に進むことに慣れ過ぎていて
何かを待ちわびることに肝要ではない

ふたりは逃亡者みたいだ
といって逃げなくてはいけない相手が
居るわけではない
いやむしろ
自分自身から逃げているだけなのだし

君は途中に公園を見つけてブランコに滑り込み
僕はそれを追いかけて隣へと雪崩込む

ねえいくらもってる?
帰りの電車代くらい。
帰るったって終電終わっちまってる時間だよ
始発までまってればいいじゃない
その前に凍え死んじゃうよ

目の前には自販機が見える。

もしこのまま友達の家が見つからなかったら、
私たち明日の朝どうするんだろう?
それより今どうにかしなきゃ
先が始まらないかもしれないよ
そうね

二人は一本の缶コーヒーを買うと
手の中にくるんで
熱を吸い取るように飲む

彼女は凍えた白いホヲを少しあからめて

電話は10回鳴って止んだ

8回鳴ったら出ようと思っていたのだが
いざその8回がなると
急に出るのが怖くなってきて
9回、10回と
次こそはとおもいながら

いざ鳴りやんだとき
Aは変にほっとすると同時に
今とりそこなった電話の内容に
こころがざわめいていた

昨夜AはBに怒鳴り散らしてた

それがどういう結末をもたらすか
それはよく承知しているのだけれども
この皮ぶくろに
永年ためつづけていたウップンは
そんな自制心すらはじきとばしてしまって

そう女性は
男がナニをぶちまけてるかには
興味がなくって
ただ怒鳴り散らしたっていう事実だけが
問題なんだ

今Aはこの部屋にひとりでいる。

オレはこのまま
この部屋で次にくる電話を
待っているつもりなんだろうか?

それとも電話におんだされるように
どこかにでかけちまおうか

答えなんて思いつかなかったけど
気づくとバス停でバスを待っていた

そう、エスケープは
Junkの処世術でしかない

でも誰もこころに
一番痛い部分が悲鳴を上げてる時に
それを救ってくれるモノなんていない
ことぐらいは知っている

どこかに身を隠す本能が働いてるだけ

それが
明日もっと大きな
厄いをもたらすとしても

今狂うか
それとも明日か

なんとか友達の部屋に僕らはたどり着いていた
運命って予想するほどに最悪ではない

正確には
ここは友達の部屋ではなく
彼のセクトのアジトである

時代は70年代前半
まだこんな場所に出入りするのは
寝床をなくした僕らのようなフーテンか
さもなければ
ロマンチストな革命家ぐらいのものだ

賢いやつらはすでに地上に這い出している

Nと最初に出会ったのは
フォークのライブ会場だった

永山則夫をうたの題材にしたシンガーに
手にしていた赤ワインのボトルを投げつけると
騒然となった会場を
彼は悠然とでていった

Nはいつも赤ワインとジャズにおぼれている

僕らは政治のことは話したことがない

あるのは地下生活者どうしの
お互いの信頼感だけかもしれない

ねえ千円ほど貸してくれない?
それはやけに大金だね
明日ホコテンだから
新宿でアクセサリー売れば返せるとおもう
じゃあ後でコーヒーおごってくれよ
いいよ
ボガで待っててよ

僕と彼女は顔をみあわせた

多分僕らはボガには行けないだろう
でも多分Nはボガで待ってるだろう

Nが待っているのは僕らとは限らない

Nはグラスの赤ワインをひとくち含むと
遠くへと目を向ける

彼女は頭を僕の肩に寄せる

Nも僕らも明日を信じてた
でも多分明日も今日と変わることはない

ねえ、最近Aに会った?
いや連絡がとれなっくってね
どうもBとうまくいってないようじゃない
どうもそうみたいだね

知ったことじゃない
どうせひとりで憂鬱になって
ウィスキーかっくらってるんじゃない?

それがAのよくないところなんだよ

じゃあ相談にのってやんなよ
それが出来ればいいんだけど
...

そうだよな
いうこと聴くようなヤツじゃないし

...
こっちも説教くさいこといえる
ガラじゃないしね

...
困ったもんだね
...
アア本当に
...

バスはいつもどおりやってきた

待ってる人達の最後に乗り込むと
このバスの行き先を
確かめていなかったのにきづき

まあいいさ
どこに行きたい場所があるわけじゃないし

バスは荻窪の駅に着き
いつもどおり吉祥寺寄りの改札口から
次の電車を確かめて
中央線のホームに下りると
阿佐ヶ谷寄りへと歩きながら
途中のキオスクでスポーツ新聞を買うと

ナニしてるんだろう?オレ?
野球選手が
いくらで契約更新しようと
オレの知ったことじゃない
今買ったばかりの新聞をホームの椅子に置くと
やってきた電車に吸い込まれ

空いてた席に座るとボケとしてるまに
中野で乗ってきた年寄りが前に立ってるのに気づき
新宿についたのをついでに席をたつと
ホームに下りて

なんだよ
結局オレがくる場所は
ここしかないのかな

なぜか今新宿にいる自分がおかしくて
Aは東口の改札へと向かう

翌日僕らは新宿伊勢丹の前で
黒のコールテンの布地を広げると
銅線を折り曲げたブレスレットをならべながら
客寄せにネーム・バッチを折り

知り合いのフーテン仲間と
どうだい?最近は・・・?
ハハハ!あいかわらずさ!

最近こんな歌を創ってるんだ
君のはいつまでたっても
ボードレールだね
ほっといてくれよ
感性に時代の相違はないよ

わたしは新宿の空の下で
歌をくちずさんでいた
悲しみはいつも背後からやってきて
わたしの目の前に No! と書き記す

わたしは新宿の空っ風のなかで
通り過ぎるひとを眺めつづけている
その誰ひとりとも違う
わたしがここにいることをさけびたくって

でもナニが変わったというのだろうか

わたしはまたいつかここで
とめどない嘆きを
人ごみの中にかき混ぜるだろう

だってまた明日から
わたしはわたしを

はじめるのだから


25,Dec'99 by seven