the Judgement


検事は一枚いちまいカードをめくりながら尋ね始めた。

「あなたは米国人ですか?」 いいえ。「ではカナダ人ですか?」 いいえ。 「ではメキシコ人ですか?」 いいえ。 ・・・

彼のめくるカードは次々とテーブルの上に広げられた世界地図に読み上げたそれぞれの国に置かれていく

「ブラジル人ですか?」 いいえ。 「ペルー人ですか?」 いいえ。 「チリ人ですか?」 いいえ。・・・

カードはアメリカ大陸を終えるとアフリカの国々に置かれはじめていく

「タンザニア人ですか?」 いいえ。 「チュニジア人ですか?」 いいえ。 「エジプト人ですか?」 いいえ。・・・

ああ!太古の文明を誇るエジプトよ、わたしがあなたの血を受け継いでいない事を今程悔いる事はないよ・・・ そしてカードは地中海を渡りヨーロッパへと進入する

「アイルランド人ですか?」 いいえ。 「フランス人ですか?」 いいえ。 「ドイツ人ですか?」 いいえ。・・・

どこもわたしが身近に感じていた国々・・・でもそれのどこにも属している訳じゃない・・・しかし彼は本気で最後迄このお芝居を続けるつもりなのだろうか?

やがてカードはヨーロッパからシルクロードを経てインド洋を東南アジアへとくだり、豪州大陸迄下ると再度東アジアへと戻った

「中国人ですか?」 いいえ。 「北朝鮮人ですか?」 いいえ。 「韓国人ですか?」 いいえ。

そこで検事は最後の一枚のカードをめくると、それを高らかに掲げて彼の観客達に見せてまわり、地図の最後に残った国、日本の上に置いた。

そこにはただ一言

*有罪*

と書き込まれている。

「以上です、裁判官殿。」 意気揚々と引き上げていく検事を後に、裁判官はやれやれといった顔で咳払いの後、事務的にページをめくり

「では被告に最後の弁明の機会を与えます。何かいう事は?」

「ありがとうございます。 わたしは別に自分が日本国籍をもっている事、 また両親が同じく日本人である事、それらを秘密にした訳ではありませんで、単に聞かれなかったから、そうだと・・・」

「裁判官殿、被告はまたもや日本人特有の”あいまい”という技法により当法廷を混乱させようとしております。」

「異議を認めます。 当法廷は被告が日本人であるかどうかを審議する為の場です。 被告にはその為の弁明のみを許可しますので、それ以外の事はひかえるように...」

なんてこった...世界の半分では金持ちのいい客として扱われ、他の半分からは犯罪者としてしか扱われない。 そして今、身を守る為に、日本人である事を否定し、それを証明しなくてはいけないのだから

「では先程の検事の消去法による結論の導き方に対して異議を唱えさせてください。」

裁判官はいよいよ退屈という表情で

「よろしいでしょう、 そのかわりにてみじかにすますように・・・」

検事は先程、全世界の国々をひとつひとつ上げながら、わたしがその国に属さない事を確認していきました。 わたしはその国々の名を聞くたびに、何度その地に生まれなかった事をくやしんだ事でしょう。

確かにわたしはそのどれにも属しておりません。しかし唯一皆さんが生まれた共通の惑星、この地球という星の住人である事は認めていただけると思います。

子どもは自分の親を選べません。 ゆえにわたしは日本人の父と母から生まれ、そして自動的に日本国籍を得る事となりました。わたしはこの事を否定しているわけではありません。

しかし同様にわたしはこの地球上の人類の一員である事を自覚し、またその事を自分の正義の基盤として行動してきたことを皆さんに宣言することができます。

確かに日本という国が皆さんにとっては”悪”そのものであり、その国に属しているわたしという個人もそれゆえに”悪”であるとお考えになることは理解できないことではありません。

しかしわたしが日本人であることは不可抗力の結果であり、わたしがもし異なった地に生まれたならば、きっと皆さんの良い隣人でいられただろうこと、そのことを考えていただきたいのです。

どうか判決の前に、わたしもまた皆さんと同じ地球という惑星の上では兄弟の一員であることをお考えください。

わたしの弁明を聞きおわった裁判官はいよいよ早くこの裁判を終わらせたい様子を示しながら

「検事はこの最終弁護について何かいうことは?」

「被告は詭弁により結局自分が日本人であるという罪を認めたわけですね。 いえ、わたしからは何もありません。」

キム裁判官はやっとこの退屈な裁判が終わる事に安堵の表情をみせると

「では判決を言い渡します。・・・・」


16,Sep'99 by seven