KINTA in LA


金太氏は25〜6歳くらいの金持ちのボンボン。大阪商人のひとり息子で最近おやじの家督を継いだそうだ。ふとしたことでラスベガスでのコンファレンス視察ツアーで一緒になったのだが... さすがに難波の悪たれ小僧なだけのことはある。 コンファレンスの会場はパスしてずっとカジノにこもりきり。 軍資金もキャッシュで 10,000$は持ち込んだとか。 わたしなどせいぜい数十¢のスロット・マシーンでなんとかトントンに遊んでいるというのに、ずっとポーカーのテーブルに座ったまま動かな い。 といって翌朝のさえない表情から察するにギャンブルが得意という事ではなさそうなのだが...
コンファレンスの視察日程も終わり、帰国前日のLAのホテル。 NY から男一人と女二人の3人連れが彼を尋ねてやってきた。
なんでも男は金太氏の現地法人の関係者で、女性のひとりは金太氏の現地妻(おお!)そしてその友達とか。 金太氏はこの後ツアーとは別行動で、彼らと一緒に N.Y.にまわってから帰国するとのこと。 まったくうらやましいかぎりなのだが...
とはいえツアーのメンバーの中でわたしと彼以外はみんなネクタイ姿の面々。 何故か気に入られたわたしは、その晩彼に誘われてLAの街に繰り出すことになっ た...
さてレンタカーの後ろに乗り込んだわたしの横には先ほどの女性が二人...ニューヨーカーの彼は運転席で運転手役、金太氏は助手席にふんぞり返り...で運転手氏以外はこれがコテコテの大阪弁...四人の会話にはまったくはいりこめないし、かといって乗り込 んだばかりの車から降りる訳にもいかない。しかも運転手氏今度はいかにLAが危ない場所かを得々と話し始める...

「い いですか!座席の後ろにはモノを置かないでくださいよ! 外から何か置いてあるのを見つけたらホームレスの連中がハン マーでガラスを割ってもってちゃいますからね!」  おっといけない
「LAは3度目なんですが、今はNYより危険ですよ ね!」  え?そうなの?
「向こうはマフィアが仕切ってるからいいけど、こっちはチンピラばっかりだから何をしでかすかわか らない。」  なるほど!
「街が広くって、ホームレスがやたらと多い。連中10$あれば人を殺しますものね。」 勘弁してくれ よ...

おどかされながらも車はサンセット通りへ。 車を裏通りに駐車すると、しばし通りを散歩に出かける。

おやこれはあこがれの マリリン・モンローの手形じゃないか! おや、この本屋あやしい感じだね。 先ほどからの話しに多少ビビリながらもショッピ ングに熱中してしまう。

そういえば金太氏は英語を使わない。 買い物の間も店員を捕まえて日本語でガアガアわめき散らす。 しかしそれでも支障なしに買い物は行える様子、しまいには日本語で値段をねぎりだした。 当然店員は日本語なんてわかるワケがない。 しかし彼が手にしているドル紙幣の枚数は数えられる。 後は勢いにのまれてシブシブ交渉成立。

車に戻ってその事を金太氏に聞くと「ワイはアメリカに来ても絶対に英語はしゃべらんことにしとる。だってアメリカ人が日本に来ても、連中日本語しゃべらんだろ」
なるほどことによると彼は本当に大人物かもしれない...

運転手氏が次ぎにつれていってくれたのはチャイナタウンの中のレストラン。

この運転手氏、かなりクセモノだが接待の要領は良く心得ている。 当然対象は金太氏で、わたしは予定外の客でしかないのだが、そう感じさせるそぶりは見せない。てきぱきとオーダーをこなして料理が運ばれてくる間も皆んなが退屈しない様に話題を提供する。 なんでもそのレストランはLAでも一番人気の店だとか、この店の北京ダックは中国で食べるよりうまいとか...そんな事を聞かされると食欲とはあまり縁の無いわたしでも出てくる料理が待ち遠しくなってしまう。 実際の料理の味は油濃くってそんな上等なものじゃなかったが、彼の名調子にのせられて何故か全員満足してしまった。

しかし運転手氏のこのテンポ、これがニューヨーカーなのかもしれないね...

食事も済んで次ぎは性欲?

車でほんの少し移動、行き着いた場所はリトル東京の一画のビデオ・ショップ。 当然日本人観光客相手の店で、表の看板から張り紙まで日本語。そして書かれているのは「流出ビデオあります」等...当然店員も日本人で置いてあるビデオも日本のビデオの裏流出モノばかり。 これを品定め用に好きなだけ見せてくれる。

ところで同行の女性二人にとっては面白くないのではと思ったが、そんなカマトトではN.Y.では暮らせない。 金太氏と一緒に熱心に品定めをしている。 東京のレンタル・ビデオのピンクコーナー等で見かける女の子達とはちょっと違う。 連中は自分の好奇心の照れ隠しにキャンキャンうるさいが、この二人は「さあ今夜一緒にこれ見て楽しみましょ!」ってあっけらかんとした顔で品定めに余念がない。

金太氏はここでも大阪人気質で値切りに成功、50本も買い占た。しかしそんなに買ってどうする気?

その晩最後に行き着いたのは日本人ビジネスマン相手のクラブとおぼしき場所。

ここも店員からホステス迄全員が日本人。それ程暗くない店内は数箇所のボックス席に別れていて、ネクタイ姿のサラリーマンがグラス片手に女性と静かに話し込んでいる。

みたところピンク系でもないようだが金太氏にとってはかまった事ではない。 隣に座ったホステスとキャーキャー騒いでいる。 もっともホステスのほうも金の匂いを嗅ぎ分ける術は得意のよう、わたしの横はすぐに空席になるが、金太氏の隣席から女性が消えることはない。

ところで連れの女性二人も同席しているのだが、彼女らもN.Y.では同じような仕事をしているとのこと。 こちらは同業者同士の話しが絶えない。

まあいいやひとりで酒を飲むのには慣れている。

2〜3時間ほども飲んでいただろうか。 目の前のウィスキーの水割りは半分ほどになるとすぐにつくり直されて、すでに何杯目かカウント不能。

他のボックス席の客もじょじょにひけていって、気が付くと店内の客はわれわれだけになってしまった。

横で観察していた様子では、このお店のホステスはLAに勉強に来てて生活費を稼ぐ為に働いてる女性が多い様子...なのでそんな女性は目立たない様に徐々に年配の女性と入れ替わっていく。 で最後迄いる始末の悪い客にはママさんがお出ましと相成る。

さてこのママさんのたくましい事! 連れの女性二人にU.S.でのホステス業のウンチク等を語り始めるのだが、これが二人には大受け。逆に多少シラケ気味の金太氏...「もう帰るで!」 と鶴の一声でおひらきとなったのだが...

店長の持ってきたレシートを見て金太氏の様相が険しくなった。 「なんや!このサービス料って?」 どうも少しボッタくり値段をつきつけられた模様...

さて今夜はここまでづっと彼の奢りに甘えてきた四人、支払いのトラブルは困りもの...わたしなど前日迄に手持ちのドルは使い果たしているし、どうしようもない。多少ハラハラしながら様子を見ていると...

この痩せ身だが口のチョビ髭のやけに貫禄のある店長。 さすがに金太氏の恫喝にも怯える様子はない。 丁重な言葉使いで「ここで働いている女の子達はこれが収入になるんです。」 言葉はやさしいのだが、威圧する様な目が逆におそろしい。

結局金太氏、シブシブと全額支払いを済ませて店を出たのだが、さっきまで何処かに消えていたホステス達が店の前に整列してお見送り 「またいらっしてください!」...

「誰が二度と来るかい」 この時ばかりは金太氏の言葉も悔しさがかくせなかった。
それから数年経ったある日。仕事で関西に行った時、偶然ツアーで一緒だった人と出会って「そういえばあの時の...」と話しが始まった。 なんでも金太氏の会社はそれから2年後に倒産して、今や彼は行方不明だとか...

そういえばかの運転手氏が運転しながら言ってたっけ...「金チャンは将来総理大臣になるか、それともホームレスになるかのどっちかしかないよ!」...なるほど彼の見立ての半分は当たっていたわけか...当然あと半分は信じちゃいなかったのだろうけど...


9,Oct'99 by seven