僕らは行方の無い旅を始めた。 地図に無い場所を求めて。 |
出迎えた宿屋の亭主は首をふってつぶやく。 |
あんたら来るのが遅すぎますぜ 獣道にさえ街灯が点いてて 妖精さえ税金の申告用紙を取りに役場に出向く時代だ。 ニュースといえば数世紀前の冒険家の靴とか それ以前の盗賊たちの隠れ家が見つかったとか・・・ それも見つけるのは俺たち地上にいる人間じゃなくって あの空を気球に乗って覗き回ってやがる気象観測用ロボット達だ。 |
僕らは顔を見合わせてうなずいた。 そんな説教を聞くのは何度め その度にくじけそうになる スペース・ファンタジーの時代はこんなじゃなかっただろう でもそれは数世紀前に終わってる。 |
経済学者 Dr. Timil の公理が人類から宇宙を奪ってから 冒険と夢想は同意語になっちまった。 |
ヤツの言い分はこうだ。 我々人類は重力の井戸に拘束されている。 この拘束から解除されるには他の居住可能空間への定期的交通が必要だが その為に一人の人間を一回送り出し生還させるとして その経済効果は現在、最良にみつもっても1:1,000,000 つまりその度に99万9999人分の経済損失を生む |
この比率に世界中から論争が起こる。 物理学者は、それは現在の比率であり 新しい発見/発明がいつかこの比率を逆転してくれるハズだと そこで統計学者が過去の発見/発明から いつごろその逆転が可能かを計算した。 結果はかんばしくない。 どんなに最良の、また幸運なケースを考えても この比率は永遠に1:2以下になることはない |
企業の宇宙開発意欲は急速に後退した。 この対費用効果は致命的だ だれもが第二の大航海時代を思い描いていたが それは多大な富をもたらすハズだったからだ。 しかし宇宙はどうも前回とは様子が違うらしい。 各国政府は宇宙開発の縮小、そして後には撤退を発表し 宇宙関連企業の株は暴落し あっという間にジャンク債扱い Dr. Timil は経済破綻から人類を救った偉人とし称えられ 一方で重力の井戸に閉じ込めた張本人として暴徒たちに惨殺 |
そして人類の宇宙への夢は閉じられた ・・・ |
でもだからこそ夢を実現したいんだ 僕は大声で言い張った。 あれ以来人類は再度この地球に目を向けたんだ この重力の井戸の中にもまだ未知の部分はあるかもしれないってね それが証明できさえすれば 僕らにも未だ可能性が残されてるって事じゃないか。 宿屋の亭主は再度首をふり |
そりゃ最初からゼロだったとはいわないがね でも一体どれだけの年数が過ぎてると思うんですかい。 あんたらのご同類が何人いたと思うんですかい。 古代の地図のアラ探しがブームになってから 数億の眼があちこちを測りまわり その倍の手があちこちを掘り回したんですぜ。 |
今じゃ祖父さんの時代以来 新版の地図は出てないってザマだ 夢を見るには悪い時代になったもんでさ。 ・・・ |
まあいいさ もう少し疲れていなければ こんなワインを飲みながらの戯言にも相手を続けていられるが 今夜はそんな気分じゃない こんなに遠くまで来ちまったんだ 今更止めれる旅じゃない 僕らはたいらげた夕食の皿と まだいい足りなさそうな宿屋の亭主を食堂に残して ・・・ |
その夜のベッドは固くて シーツは氷のように冷え ・・・ 何度寝返りをうって眠りを呼び出そうとしたことか 眠りをあきらめた僕らは天井を見つめながら話しはじめる。 この忌々しい宿屋のこと 途中で見かけた娘たちのこと そういえば彼女は誰某に似ていたとか 今ごろはどうしているんだろうとか ・・・すると少し話し声が大きすぎたのだろうか・・・ 突然、ドアをノックする音がして ・・・ |
お兄さん達、知ってるかね? この地方では 真夜中にベッドで話しをすると悪魔がやってくる って伝説があるのを |
ドアの向こうからベースのEより低い声が部屋に響き渡る。 驚いた僕らは声の主に謝ろうと 毛布を肩からかぶり、怖々とドアを開け ・・・ でもその向こうには誰も居ない ただ夜風より冷たい風が瞬間部屋の中に吹き込んできた 呆然と立ち尽くす僕らの背後で再度重低音の声が響き渡る。 ・・・ |
さてご要望にお応えしてご登場ってワケだ。 |
何処から声がしたものか でもドアの外には誰も居ない。 確かに誰かが部屋の中に入ってきたようなのだが ・・・ さて、姿も見せないあんたは一体何者だい? 僕らの怯えた質問に その声の主は愉快そうにこう答えた。 |
伝説の悪魔でさあね。 |
相棒が僕の耳にささやいた。 一体ヤツは本物の悪魔なんだろうか? どちらにしても、いいかい怯えた素振りは見せちゃダメだぜ それに付けこんでとんでもない注文をするに違いないんだから。 僕も相棒にささやき返した。 そんな事するもんかい それよりこれは意外といい出来事かもしれない だって ナニもないより最悪なことはない だろう。 そこで僕らはここになぜ現れたのかを悪魔に尋ねることにした。 |
それはキミらも良くご存知のハズ ワシが現れるのは大抵は簡単な商談の為 つまりキミらの願いをひとつかなえてやるから ワシにもキミらの大事なものをひとついただきたいってワケさ。 |
確かにそんな悪い話じゃなさそうだ。 でも相手は姿も見せない それも自分で自分を悪魔だと名乗ってる キミだって学校で悪魔に関する報告書を勉強しただろう 確か、こんな時は僕らの魂か生命ってのが相場なんだろうが ・・・ ところが僕らの会話を悪魔がさえぎる。 |
イヤイヤとんでもない・・・数世紀前ならまだしも 今のキミ達のデジタル漬けの魂や生命なんてワシはゴメンだね ワシはあくまでアナログな存在じゃ。 欲しいのはキミらがそうとは知らない一番大事なモノさ。 それがナニかは教えられないよ キミらの気が変わっちゃ困るからね。 |
生命や魂より大事なモノなんて? いやもしあったとしても 夢がかなうなら安いもんじゃないか それで僕らは取引に応じることにした。 そうとも、僕らの願いは 未だ地図に載っていない場所を発見することだよ ・・・ すると悪魔が答えた。 |
それはちょっと難しい注文だね おまえさん達人間がどれほどこの世界を調べつくしてるかは知っているだろう。 しまいにゃ、わしの手下たちの世界まで暴き出しちまって 今じゃサバトを催す時も役所に届け出なきゃいけない。 しかし ・・・ お前さん達、それを発見できたとして 一体どうするつもりだい? |
相棒が答える 国際地理院に報告して僕らの名前をその場所に記してもらうのさ。 僕も続ける それに全てが解明され尽くした時代に未発見の場所があるってダケで奇跡じゃないか。 僕らはその奇跡を実現するワケさ 僕らの可能性を証明するためにも ・・・ |
成る程 ・・・悪魔は笑いをこらえた声で・・・ それなら一箇所だけ教えてやれる場所があるね。 どんな完璧なモノにも一箇所だけ盲点ってものがあるもんだ 丁度完璧なハズの神ですら、ワシのような存在を許してしまうと同じようにね。 しかしこの盲点は本当に一箇所しかないんだ ワシがひとりしかいないようにね。 もしそれでいいなら契約成立ってワケだが |
それから一年間 地球上のあらゆるメディアが僕らのニュースを伝え続けた。 南海の片隅に新たに地図に加えられた小さな島は 当然のこととして僕らの名がつけられ 国際地理院は最大級の感謝と賛辞の言葉を並びたて 僕らを永久名誉会員として その名は地図を完成させた者として永遠にたたえるべきだと宣言し ・・・ |
それだけじゃない。 悪魔が教えてくれた現代観測学の盲点は 科学者たちに一大センセーションを呼び起こし 僕らは若くしてその発見の功績で科学アカデミー賞を受けることになり ・・・ |
全てが一瞬にして変わってしまった。 通り過ぎる人々すべてが僕らを尊敬のまなざしで眺め 次々に訪れる有名人達が僕らを賛美する言葉を並び立てる。 TVは毎日その日の僕らの様子を垂れ流し しまいには新発売のカップヌードルに僕らの名前をつけるのは相応しいか なんて議論がネットを騒がせる始末だ。 そして嵐のような一年が過ぎようとしているその日 僕らはTV局の企画で 再度あの宿屋のあの記念すべき部屋にやってくる事になったのだが ・・・ |
今度は宿屋の女将が笑顔満面で出迎えてくれた。 以前は貧乏な旅行者ばかりだったけど 最近はあの部屋を一目みようと金持ちがひっきりなしに訪れるようになったんだそうな。 相変わらずふてくされた様子の亭主とはちがって 確かに高級服で着飾った女将は十歳は若く見える。 金回りがよくなって女性が最初にやることは古今東西かわりない。 |
部屋の入り口にはうやうやしく 「現代地理科学の盲点を発見した部屋」 と金看板が掲げられている。 中で一年前はなかったソファにくつろぎながら アナウンサーの質問に 「あの日突然僕たちは・・・」 などと適当に答えながら ・・・ でもどうにも居心地が悪くなってきたので 「折角記念の部屋にやってきたのだから、どうかしばらく二人だけにしてくれないだろうか」 ・・・ |
ちょっと不服そうなTV局のスタッフをドアの外に追い出した後 僕らはおもわず顔を見合わせて笑い転げはじめた。 だっておかしかったんだもの、仕方がない。 そうどれくらい笑っていたんだろう。 もう笑い続けれないと諦めるだけ笑い続け ・・・そしてその後の沈黙・・・ こんな時は悪いことを考えるもんさ。 ねェ、ところでキミは悪魔が僕らから取り上げた一番大事なモノって ナニか気づいたかい? |
僕らは頷きあう。 そう、なぜあの時それに気づかなかったのか ・・・ 本当に後悔先に立たずさ。 僕らは夢を実現したが それは同時に可能性をもなくすってことだったんだ。 なにしろ僕らは本当に最後の場所を見つけ出してしまった。 つまり、もうどこにも見つけ出せる場所が無いことを確定させたんだ。 もう何処にも逃げ場所がないんだよ。 なぜなら地図は本当に完成しちまったんだもの。 |
僕らばかりじゃない 今はチヤホヤしてくれるあの連中だって同じだぜ。 いやその事に気づいたらきっとこう言い出すに違いない 「夢を奪ったのはヤツらだ」って ・・・ どうも未来は余り明るそうじゃないね そうさ完成した後は朽ちていくしかない そして完成させた僕らは 逆に世界を破滅への長いスロープに押し出しちゃった張本人となり果てるわけさ 確かにそうなのは違いないね それは Dr.Timil の例が証明してる ・・・しばらくの沈黙の後・・・ そういえばさっきの宿屋の亭主の目を見たかい? 僕らは一瞬背筋が凍りつくのを覚えた。 そう、あの目には以前にはなかった敵意が潜んでいた。 |
突然ドアのノックが部屋に響き渡る。 僕らは押し黙り顔を見合わせる ・・・ドアの向こうには最初の暴徒があふれているのではないかと怯えながら・・・ |