the party will be over

パーティはいつか終わるものさ・・・

男たちはカウンタに肘を掛け、別れを告げて去っていく彼の後姿を見送っている。
さっきまで一緒に空けたボトルはカウンターの上で空っぽ になった事を証明するかのようにころがっていて・・・
いつも一番威勢のいい男が横でしょぼくれてる男を肘で小突き
「オイお前も随分できあがっちまったじゃないか」
男は自分の合わせた両手のひらの間に鼻をはさみこむと、中に酒くさい息を吹き込みながら
「ヘヘヘ・・・ベッドでいびきかいてるババアの顔を見に帰るにはマダ早すぎるぜ」
一番酔っ払ってる男がひやかす
「そうだな、間男と鉢合わせちゃマズイだろうしな」
少 し真顔になった男は脅すようにニラみつけると
「お前こそ帰る迄にそのヨダレが血反吐色になんないように気をつけるんだな」・・・

なんてこったい・・・喧嘩する元気があるんならボトルをもう一本という事になって・・・
ロック・グラスが男たちの手に渡されると、皆んな一斉にそれを口元へと運び・・・
でもチョと舌先に含むだけ・・・
「このニガさがなんとも好きだね」 人生なんてそんなモノさ
「オレは今夜はココで飲みつぶれることにしたぜ」 昨夜と変わりゃしない
「もし川を流れる水がウィスキーだったら・・・」 マディーウォーターのつもりかい
「オレは溺れさせといてくれ、助けようだなんてするなよ」 せめて頭ん中はすでに溺れてるね・・・

時計が意味を持つのは、それを心配するヤツがいる間だけ・・・
人生を楽しいモノにしたいなら、先ずは腕時計を外して尻ポケットに仕舞い込んじまうんだ。
うまくすりゃ、便座に腰掛けた時に中に落っこちて、ウンチと一緒に流れてってくれるかもしれない。
よせよ、なくしちゃ困る程、高級な時計でもあるまいし・・・
大体オレ達の腕にこの手錠みたいな代物をハメたがってるのは、会社なんかで威張ってるヤツらだぜ。
女房達もその手だね。 「帰りが遅くなる時はチャンと電話してね」ってワケさ。
オレは帰りたい時に帰る。
時間を気にして酒を飲むだなんて酒への冒涜ってもんだぜ・・・

男たちの夜は再度活気づく、まるでいつまでも続くかのように・・・
でも皆んな気づいてる・・・パーティはいつか終わるって・・・


パッドはこのパブの常連だが、誰も彼には近寄らない。
酔うとつまんねえ議論を吹っかけてきて、しまいにゃオモテに出ろって事になっちまうからだ。
もっとも大抵いつも地べたに這いつくのはパッドの方で
殴った相手は弱いものイジメをした後のイヤな気分でパブに引返す事になる。
それでもパッドの方は翌日にはそんな事ケロッと忘れてて
今夜もいつも通りにポツンとカウンターにひとり腰掛けてるってワケだ。
「おい昨夜は大丈夫だったかい?」
「アア、憶えちゃいないけど何処かで転んじまったみたいでね」
店主とのやり取りにパブ内の男達の背中が揺れる。

ただ今夜は見慣れぬ客がやってきて、パブの中を見渡し
いつも空いてるパッドの隣の席に座ると
綺麗な英語なのだが、少し耳慣れないアクセントで店主にスコッチをオーダーする。
見ると男は、頭にターバンこそ巻いていないが、明らかにアラブ系で
顔中をおおったヒゲの中央に女性器のように露出した口唇でウィスキーをすすっている。
スコットランドの田舎町にアラブ人とは
女房のベスに聞かせるにゃ面白いかもしんねえ

「おや、イスラム教徒はアルコールは戒律違反じゃなかったのかね?」
よせばいいのにパッドのお節介が始まった。
アラブ人は奥まった黒い瞳でにらみつけると、少し薄笑いを浮かべながら
「お裁きになるのはアラーであって、キミじゃない。 ほっといてくれないかね」
そのひとことがパッドのこころに火をつけちまった。
「そうイスラム教徒はいつでもほっといてくれって言いながら、炭そ菌なんぞを送りつけるんだ」
おい、それを言い出しちゃヤバイぜ。
パブの中の男達はお互いにめくばせしながら、しかし話しに耳をそばだて出した。
アラブ人の目つきってのは、どいつもこいつも異様な光を秘めている。
オンナなら一発で股を開きたくなるような目つきだ。
このアラブ人もそんな目つきでパッドの方へ椅子を回すと
「わたしらはいつもそういう侮辱を受けている。キミは侮蔑への返礼はナニが相当だと思うかね」
パブ中の注目が集まってるのを感じちゃ、パッドは黙っていられない。
脅そうっていうのかい、それは上等だ。
「そうだね純度99.99%のヘロインってのはどうだい」
一瞬アラブ人の顔が硬直したのも気づかずにパッドは得意そうに話し出した。

イスラム教徒はハッシッシの栽培は禁止しといてアヘンは禁止しないんだってな。
ハッシッシは自分達で吸っちまうからマズイけど
イスラム教徒にヘロイン中毒はいないからアヘンは構わないんだってよ。
で、それをこっちでばらまきゃ、俺達が勝手に堕落してくれると思ってるワケだ。
上等じゃねえか。
俺なんざイスラム教の天国にゃ入れるワケがねえんだからよ
今生きてる時間を有効に楽しませて欲しいもんだぜ。

今やパブ中の男達が二人の方に顔を向けている。
「アラーがキミを天国には迎え入れないのは保証するが
この地上での生活をキミがまだ楽しめると考えるのは間違いだろうね」
アラブ人の右手がフトコロに隠れるのを見逃さなかった店主は
こいつはマズイと、とっさにカウンター越しのアラブ人の肩に手をやって
「いいかね、ここでのモメ事はお断りだ。 やるなら外でやってくれ」
すでにパブ中の男達が二人の方を向いて、ただならぬフインキだ。
みんなの敵意が自分ひとりに向けられているのを知って、多勢に無勢とみたアラブ人は
目を怒らせながらも残ったウィスキーを一気に飲み干すと
いまいましげにパブから出て行った。


こうなるとさすがに今夜はパッドが主役だ。
いつもは寄り付かないパブ中の男達がパッドを囲んで騒ぎ始める。
もっともパッドのカラ勇気を誉めてるワケじゃない。
普段から堪ってる鬱憤のはけ口を見つけ出したってこと。
そら、みんながあちらこちらで知ったかぶりで話しはじめる。

「大体イスラム教徒が12億人もいる事自体が問題なんだ」 リストラにあった元銀行員。
「あいつらオンナを何人でも囲えるもんだから、子供を作り放題ってワケさ」 独身貴族の40男。
「それで砂漠の中にあふれちまうから、殺し合いを始めるんだ」 嫌われ者の退役軍人。
「死んだら天国で永遠に美女とセックスが出来ると思ってるのさ」 オンナに逃げられたばかりのヒモ男。
「大体ヤツラは聖書は不確かだとぬかして、コーランをでっちあげたんだ」 英国教会の巡回牧師。
「しかもそれを書いたヤツは年上のオンナに貢いでもらってたんだぜ」 アナーキーを気取ってる年寄りパンク。
「オレが許せないのはサッカー場を処刑の為に使っているってことさ」 アル中で引退した元サッカー選手。
「神を絶対と信じてるから救われないのさ」 パブに入り浸りの労働組合員。

「おい、大丈夫かね」
そんな皆んなの中で、店主は心配そうにパッドの顔を覗き込む。
顔がドンドン青くなっていくのがわかった。
酔った頭でも、だんだんとアラブ人の最後の言葉の意味が呑み込めてきたようだ。
「どうも、さっきは生命を助けてもらったみたいだね」
店主はだぶついたほっぺたを少しゆがめて微笑み顔を作ると
「気にするなよ。 俺達はみんなクズだが、ヤツらに簡単に殺されていいってワケじゃない」
しかしアラブ人はふところからナニを出そうとしたんだろうか・・・


その夜、フラフラになって自分の寝床に戻ってきたパッドは
すでに丸太の様に眠り込んでいるベスのベッドの隣にもぐり込むなり
すぐに深いねむりに落ち込んだ。
夢がパッドを捕らえる。

そこはサッカー場でもはいっちまいそうな程大きな飛行機の中。
外は強風が吹き荒れているらしく、飛行機は左右に激しく揺れているのだが
その閉空間の中、あふれ返るばかりの人達は皆んな平然として
自分のことばかりに夢中になっている。

隣りの席に座った初老の男は、その隣の老婆にお説教の最中だ。
「いいかね、もう地球は60億もの人口をかかえておる。 もう限界なんじゃ。
丁度この飛行機みたいに乗せれるだけ乗せてしまってアップアップでな。
後は少しづつでも人口を減らさなきゃいかん」
「あら、だからってあなたの仕事が正当化されるワケじゃないわよ」
「ナニをいっとるんだ。 わしは死にたい連中に武器を売っとるだけじゃ、後は連中の責任じゃよ」
なんてこったい、暴風雨の中の飛行機で
しかも武器商人の隣の席に座るとは縁起でもないぜ。

自分の席を離れて前の方に進むと、何故か丸テーブルが通路のド真中に
それを囲んだ熟年夫婦達は、ズルズルと紅茶をすすりながら
最近の若者が年金を払わない事を顔をしかめながら論じ合っている。
「わたし達が若い頃はもっと生活が大変だったわ」
老婦人はビスケットをいつまでも口の中でモグモグと嘗め回している。
噛み砕くこともできないらしい。
「そうよ、今みたいに社会保障がしっかりしてなかったもの」
「ハンクんとこの息子なんざ、障害者年金で暮しとるそうじゃないか」
「あら、あの子LSDをたくさん飲みすぎただけって聞いたケド?」
「医者はそれよりは精神障害の方が保険料が高く取れるんじゃよ」
まったく年寄りってのは自分が邪魔だってことはたなにあげて
若いヤツへの文句ばかり並べ立てやがる。

右手では機内TVの前に数人の子供達がゲーム・パッドを手にして夢中に遊んでいる。
ファイティング系のゲームのようだが
TV画面には子供達と同数のキャラがお互いに武器を振り回して戦っているところ。
見ていると丁度忍者のキャラがランボーを袈裟懸けに切りつけて倒した。
そのキャラを操作してる男の子がガッツポーズを上げる。
その瞬間、隣りでランボーのキャラを操作していた女の子が
ゲームと同じような袈裟懸けに切られた傷口が身体にあらわれて
そこから大量の血が流し出してきた。
おどろいた女の子は苦しそうに断末魔の叫び声を上げているのだが
子供達は誰もそんな事に気づきはしない。
ゲームは現実と同期しているようだが
みんなゲームに夢中で、そんなことは気にもしない。
いけねぇ、どっかに医者はいないかな・・・

ビジネス・シートにはネクタイ&スーツ姿のビジネスマン達がマティーニをすすりながら
お互いのノート・パソコンを覗き込んでは、週明けの株式相場を議論している。
「キミ、IT株がテロに強いのは常識じゃないかね」
「それは前時代のはなしで、今日のような情報産業を直撃するテロにはイチコロだよ」
「といって他にめぼしい投資対象は見当たらないしね」
隣りで液晶画面を睨みつけているビジネスマンは独り言のようにつぶやいた。
「チキショウ!気象情報のページが開かないや。 これじゃ野菜の相場予測がたてられないよ」
IT株の話しをしていたビジネスマン達も振り返って自分のノート・パソコンを覗き込むと
「おや!本当だね・・・天気でも悪いのかな」
窓の外をみりゃわかるだろうに・・・

もう少し前に進むと
ファースト・クラスのシートでパイロットがスチワーデスの上に乗っかって
下半身の操縦桿を彼女の中に挿入しようとしているところ
「あら機長、コックピットの操縦桿は大丈夫かしら」
スチワーデスは喘ぎ声の合間に悩ましげな声でつぶやいた。
「構わんさ、この飛行機はとっくにインポになっちまったんだから」
スチワーデスはうれしそうに笑い声を上げて
「あら、こっちのコックピットはこんなに元気がいいのに」

おい誰がこの飛行機を操縦してるんだよ。
パッドは頭を抱え込んで、それでも揺れる機内の中をソファーまで近づくと
下半身があらわになったパイロットの襟首をつかまえて
「オイ、いったいどうなってるんだよ。 操縦しなきゃ墜落するだろ!」
パイロットは突然の来客にびっくりしながらも
「お客様、飛行機の中では冷静を保ってください」
スチワーデスは急に職業上の表情に切り替えると、あのロボットの様な笑顔で
「どうかご心配なさらずに、ご自分のお席におもどりください」

なんてこった・・・
見渡しても誰も飛行機のことなんて心配しちゃいない。
墜落するかもしれないって心配してるのはパッドひとりだけかい
こいつらはどうなったって構わない・・・でもオレもお付き合いするのはごめんだ。
すると数メートル先に操縦室のドアがユラユラと揺れて開いているのが目にはいる。
パッドは大急ぎでなんとかその中に入り込もうと歩み寄り
そして中には

パッドに背中を見せた操縦席には男がひとり座り込んでいる。
入ってきたのに気づいたのか、操縦席がゆっくりとパッドの向きに回り
そこに座り込んでいたのは、昨夜パブから出て行ったあのアラブ人。
ナニがおかしいのか、大声で笑いながら
「だから言っただろう・・・この地上での生活をキミがまだ楽しめると考えるのは間違いだってね」
アラブ人の笑い声がグルグルと渦を巻き、パッドの頭の中をグジャグジャにかき回しながら
やがてアラブ人の笑い声なのか、それともパッドの悲鳴なのかも判別つかなくなるほど
黒と白の陰影が下水管の排水溝に吸い込まれるようにウズまいて

そして目が醒めた・・・


ベッドの上にはすでにベスはいない。
キッチンから朝食の香りが漂ってくる。
頭は二日酔いで叩き割っちまいたい程に痛いのだが
空っぽの腹からはその臭いにつられた強烈な食欲が突き上げてくる。

たまらずキッチンに入ってきたパッドを見つけると、ボサボサ頭のベスが振り返って
「もうすぐ朝食が出来るから、それまでコーヒーでも飲んでて・・・」
どうも今朝は機嫌が悪そうだ。
自分で食器洗い機から自分のマグ・カップを取り出すと
ポットからコーヒーをそそいで
「そういえば、あなた今朝はうなされてたわね・・・うるさくって寝れなかったわよ」
ヤレヤレ、やっぱり不機嫌か・・・マグ・カップを持って自分の席につくと
そこには郵便封筒がひとつ置いてある。
「ああ、それね・・・今朝新聞と一緒に入ってたの。
宛先も書いてないけど、わたしはこころあたりがないから、多分あなたのでしょ」

不審に思いながらも封を開けると手紙が一枚
へたくそなアルファベットで書かれたその文章は

「昨夜ご要望いただいたモノをお届けしました。
しかしあなたにそれを楽しむ勇気はおありでしょうか?」

封筒を覗き込むと奥に白い粉の入ったビニールの小袋がつまっている。
さて一体なんのことだっけ?
ワケもわからずにパッドはそれを取り出して・・・


by seven 19.Oct' 2001 -