Peeping Tom
トムはCCDカメラの超小型レンズを |
ところがその日は運がなかったのか |
しまった! |
マズイ逃げださなきゃ。 |
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再び意識を取り戻したのはベッドの上 |
疑問はスグに解ける ドアの開く気配と共に呆然とした風景の中 看護婦らしい女性がカルテを片手に入ってきて 点滴の量を調べるとトムの様子を診ながらカルテに書き込んでいる 自分の状態を聞こうと声を出そうとするのだけれども ノドが全然反応してくれない そればかりか全身が彼の意図に反してまったく動かない |
しばらくして医者が入ってくる 患者の様子はどうだね そう、それが知りたかったんだ 変化ありませんわ おい、せめて意識を取り戻した事くらいは気づいてくれよ そういえば婦長が最近家族が来ないってぼやいてたけど え!オレの女房の事? この患者のケースではよくある事ですわ なんて白状なヤツなんだ。 といってココは慈善施設じゃないんだ。いくら植物人間だからといってもね 植物人間だって! このオレがかい? いっそご家族が安楽死を望んだって事にでもします? オイ!オレは意識を取り戻したんだぜ! 悪い冗談はよしたまえ、いくら患者の意識がないからって |
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すでに彼がホームで後頭部を打ってから3年の月日が経過していた 事故は新聞の社会面に 『盗撮マニアが御用時に転倒して危篤』 と小さく載せられただけ でも、トムの家庭を破壊するには充分だった 状況証拠は彼が盗撮中であった事を証明している 会社は即時に彼を懲戒免職に 妻は世間体から家の外にも出れなくなり 結局実家に戻って裁判所へ離婚の申請を行うことに |
当然彼の治療費はかなり高額についた |
しばらくして彼が植物人間化した事が判明すると 裁判所は彼の判断能力の欠如を理由に離婚を認定し 父親も諦めたのか、いそいそと故郷に引き返し だんだんと入院費の送金も途絶えがちに・・・ 困った病院側は彼を集中治療室から一般病棟に移すと 結局空いた病室をタライ回しにする事にした |
絶望という言葉はトムにはナマやさしすぎる 彼の悪夢は 意識を回復した今 始まったばかりだが それは彼の意思に関係なく続き そして自分ではすでに終えることすらできない そうトムは今 生命があるが為に一番厄介な病院の生ゴミでしかない |
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最初に意識が戻ってからしばらくは色々な事がトムを驚かせた 彼の感覚系はチャンと機能しているのだが 逆方向の脳からの指令は一切無視されてしまう 見えるし、聞えるし、匂いも感じれる でも、その刺激を調節する事も、それに反応することもできない 床ずれした背中が痒いのだが 寝返りをうつことも、手で掻くことも、そしてそれを声に出して訴える事もできない 実は正確にはトムは目も開けてはいない まぶたは筋肉の機能を停止したままで丁度薄開きの状態になっていて 眼球を動かす事も焦点をあわせることもできないのだが 少しのぞいた瞳孔から周囲が見えているのだ それは丁度、映画館で焦点ボケの映画を見てるようなモノだ 動きを止めた網膜には常に外部の映像が 180度のパノラマ映像として映っている それでも見える事にはちがいはない いや、というより嫌でも見えて、聞こえて、感じれるのだ |
朝には看護婦が紙オムツを取り替えにやってくる ダブダブの紙オムツを顔をしかめながらはぎとり 丁重に性器のまわりをウェットティッシュでふきとると 新しい紙オムツを手馴れた手つきではかせ 最後に異常の有無を確認しに、彼の顔を覗きこむ しかし彼女の顔に人間を見ている表情はない 彼女にとってはトムはモノ 意思に関係なく尿道から尿を漏れ流すモノでしかない |
昼前には長期入院にすっかり飽きてしまった男の子が 看護婦の制止を振り切って院内を駆け回り 時々はトムの病室にも潜り込んでくる 男の子は彼の顔をニッと見つめると トムの睾丸のあたりを手でちからいっぱい握りしめた 耐えられない苦痛が駆け回るが 身体は実験で解剖されたカエルの様に少しピクリとするだけで 彼は顔をしかめることすらできはしない 無反応である事を確認した子供は悪戯にもならないと次の隠れ場所へと・・・ |
午後には掃除婦がバケツを鳴らしながらやってくる 神経を逆撫でる声で鼻歌を口ずさみながら 勢いよくユカを濡らしまわり 両手でつかんだモップで病室内を磨き上げていくのだが その日は勢い余ってついでにお尻でトムの点滴の台を倒してしまった 慌てた掃除婦、あたりをうかがうと バレないようにと大急ぎで台を元の位置に戻し 点滴の針が腕から外れているのを見つけて 元刺さっていた場所へと乱暴に刺し込んだ なんてヘタくそなんだ 声さえ出せたなら その痛みを悲鳴で病院中に知らせてやれただろうに |
しばらくすると病院中を晩御飯の匂いが満たす 配膳係りは彼の病室を大抵一度は覗いて 他に患者がいないかを確認していくのだが 空腹感とは肉体的なモノではないようだ 彼にはいつも食欲という満たされない願望だけが残される |
暗くなると隣の病室から抜け出してきた患者が トムの病室へと忍び込んできて 勝手に窓を少し開けると 煙草に火をつけて、隙間からケムリを噴出す でもその殆どは流れ込んでくる外気に押し返されて 結局はトムの顔のあたりに充満することになる 煙草がこんなにケムいものだとは思わなかった 彼の意識に関係なく、規則正しく繰り返される呼吸が 定期的に一定量ケムリを吸い取ってきて その匂いの刺激だけが彼の神経を苛立たせる しかしトムはそれを拒絶することができない |
ある日の真夜中 救急患者が運び込まれ 空き部屋が無いのでトムは別室に移動される事に・・・ 消火灯の照らす廊下を通って連れて来られた病室は三人部屋だった ベッドごと運んできた病院職員が去っていくと 白いカーテンを隔てて隣の患者は 待ってましたとばかりにTVを点けて深夜番組を観はじめる カーテンに映る映像の影はまるで亡霊のように舞っている 逆方向のベッドからは大きなイビキが響いてくる トムは眠れない いつまでも眠れない・・・ |
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しかしその夜 トムは意識を回復してから始めての夢を見た いや、それが夢なのかどうなのかはわからない タダ彼は彼の身体を離れて幽体として自分のベッドの上に座っている 目の前には光が陰となって或る人格が座しているのが感じられる 彼は言った どうだねトム、キミはキミの天国を気に入ってくれたかね |
不思議なことにトムの口からは自然に言葉が流れ出してくる 神様、ここのどこが天国なんですか 彼はいつぞやの隣室の患者のように煙草をくゆらせると おや、お前はまだ気づいていないようだね なんてこった、こいつはオレをコケにしようってんだろうか 僕はナニもできないし、しゃべることすらできない 彼はさみしそうに微笑むと そうだよ、それこそキミが望んでいた天国じゃないか |
彼の意見はこうだ トムはいつも他人を観察することに歓びを感じていたハズだ それも本当の人間の姿を盗み見ることを だから彼はトムをその最適の場所に導いてやったのだと・・・ 何故ならキミはここでは完全に隔離されたベールの奥にしか存在しない 彼らはキミを見るのだが、キミが見ている事には気づかない つまりキミはここでは完璧な盗撮装置なんだ これこそキミの望んだ場所じゃないか |
神様、あなたのおっしゃる事は確かにそうかもしれない トムは少し納得しながらも、こう続けた でも僕は覗くと興奮するから覗いてたダケだよ 彼はうなずいた そしてこうもいった トム、残念だが現実はキミの望んだような姿ではないんだよ キミがここにくる前に覗いていると思っていた映像は 全てキミがこころの中で見たいと思っていた幻影にしかすぎないんだ つまりキミは自分の創った幻影に興奮していただけでね・・・ |
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朝、トムの死を確認したのは新米の看護婦だった 彼女は慌てふためいてそれを婦長に報告したが 婦長の返事は簡単だった そう・・・どうしようかしら 父親は数日して彼の遺体を引き取りにきた その顔に多少は安堵の表情があったとしても誰も責めはできないだろう それを覗きみたのは死んだハズのトムだけだったのだから・・・ |
by seven 17,Jun' 2001