僕がその事に気づいた時
彼女はまだベランダの揺り椅子の上でうたた寝の最中だった
青空を突然覆った黒雲は
見上げている僕の視界から陽光を遮ると
少し蒸し暑い真昼の空気を冷しながら
静かな小雨の調べを奏で始める

さあ旅人よ、支度は出来ている
眼の前には黒雲の中へと通じる一本の小道
その木の枝を杖として取るがいい
全てはそこから始まり
他に必要なものなどない

僕は枝を拾うと吸い込まれるように小道の上へ

・・・そうさ、黒雲の覆う空へ続く小道へと・・・


軽やかに道をたどり
僕の足音は空との完全四度の調和音を奏で
小道はそのメヌエットに踊り出す

人生はローラーコースター
杖となった枝がささやく
「キミはその事をずっと忘れてた」
僕は杖の言葉に浮かれて彼を空に振り回すと
杖は黒幕の上にエンジェルダストをふりまき
それは空に届いて星となり輝きだす

星達も一緒に唄いだした
「さあ夜の子よ、僕らは待ちくたびれてた」
小道が続けて
「キミの不在を」
僕も応えて
「僕の不在を・・・」


少し進んだ先の道端では
ペイズリー模様のガウンを羽織ったガマ蛙
忙しげに水パイプの煙を吹き上げては
輪を作っている

僕はその煙の輪の中に
ライオンの火の輪くぐりのように飛び込むと
ガマ蛙は
「久しぶりじゃないか」
横目でチラリと見て
再度自分の煙の輪に見惚れながら
「やけにご機嫌だね」
僕はイオニアン・モードに移調すると
「思い出したのさ、夢こそは実在だとね」
ガマ蛙は少し皮肉っぽい口調で
「そうとも現実こそは不在さ」


これには皆んなが大喜び
杖は空を三回転
小道は螺旋に身をくねらせ
星たちは空を走り回るものだから

どうしたのかとヴィーナスが
夜空の小窓を開いてこちらを覗き込む

 「オヤ夜の子達よ、この騒ぎはどうしたの」

僕は得意げに
「女神さま、僕らは感性を超越しました」
杖が続ける
「語り得ぬ事を知覚したんです」
小道も一緒に
「わたしには限界が無い」
星達も一斉に
「道徳律などクソくらえ!」

するとガマ蛙が毒づいた
「ケッ! Kant(哲学者カント)をなめやがって」
ヴィーナスは顔を赤らめて
「まあ cunt (膣)を舐めるだなんて」
・・・