イエスの家系図
 家系図などというモノに縁がないせいか、そんなモノを見せられて関心する思考回路は皆無なのだが・・・そのせいか最初に新約聖書を手にした時、一番「ナニ?これ?」と思ったのは、第一章から家系図を載せているマタイ福音書。 一体ダレソレの子孫だからって・・・それがどうしたっていうんだ?

 通常の新約聖書はこのマタイが最初に収録されているワケで・・・とすれば通常のキリスト教徒はこの家系図を最初に眼にしているハズで・・・しかし、とすれば同様に載せているルカのそれとは随分違う事に気付かないハズはないとは思うのだけれども・・・

 
マタイ ルカ 旧約聖書  左の表はマタイとルカに記述されているイエスの家系図と、参考として手元にある旧約(ユダヤ)聖書でのダビデ(ユダヤの黄金時代、救世主キリストはダビデの家系から生まれると預言されていた)までの家系図を並べたものである。

アブラハム(ユダヤ人の始祖)以前はマタイにはないので、ルカと旧約を比べると、神、アダム(人類の始祖)〜ノア(箱舟)に至るまでの系図は一致するが、これは『創世記第5章』のアダムの系図をたどればほぼわかる。

それに対してセム(セム語族の始祖)〜アブラハム間の系図は『創世記11章10-31』に出ているが、ルカの系図はそれと幾分違っている(ようだ)

この傾向はアブラハム〜ダビデになっても続いて、例えばマタイと旧約は一致しているが、ルカは「アラム」のところに「アルニ、アドミン」が入っていたり、サルモンがサラになっていたり(多分同一人物の読み方違い?またはアラム語とギリシャ語の表記違い?)と微妙に異なっている。

ここからもマタイがかなりユダヤ聖書に詳しく、逆にルカはそれほどでもない(またはそれほど内容を重視していない)ことが読み取れる。

(ちなみに通常の系図はアブラハム→イサク・・・と親から子への方向で書くのが普通だと思うのだが、ルカはイエスから初めて逆に神にたどり着く、つまり子→親の順に記述している。)

記述無

アダム
セト
エノシュ
ケナン
マハラルエル
イエレド
エノク
メトシェラ
レメク
ノア
アダム
セト
エノシュ
ケナン
マハラルエル
イエレド
エノク
メトシェラ
レメク
ノア
セム
アルパクシャド
カイナム
シェラ
エベル
ペレグ
ナホル
テラ
セム
アルパクシャド
シェラ
エベル
ペレグ
リウ
セルグ
ナホル
テラ
アブラハム
イサク
ヤコブ
ユダ
ペレツ
ヘツロン
アラム
アミナダブ
ナフション
サルモン
ボアズ
オベド
エッサイ
ダビデ
アブラハム
イサク
ヤコブ
ユダ
ペレツ
ヘツロン

アルニ
アドミン
アミナダブ
ナフション
サラ
ボアズ
オベド
エッサイ
ダビデ
アブラハム
イサク
ヤコブ
ユダ
ペレツ
ヘツロン

アラム
アミナダブ
ナフション
サルモン

ボアズ
オベド
エッサイ
ダビデ

ソロモン
レハブアム
アビヤ
アサ
ヨシャファト
ヨラム
ウジヤ
ヨタム
アハズ
ヒゼキヤ
マナセ
アモス
ヨシア
エンコヤ

ナタン
マタタ
メンナ
メレア
エリアキム
ヨナム
ヨセフ
ユダ
シメオン
レビ
マタト
ヨリム
エリエゼル
ヨシュア
エル
エルマダム
コサム
アディ
メルキ
ネリ
 次にダビデ〜イエスに至るまでの系図だが・・・マタイとルカが一致するのはシャルティエル(バビロン捕囚時)、セルバベル、それに父のヨセフだけであり、ヨセフの父、すなわちイエスの祖父の名前さえ違っている。(ゼルバベルーヨセフ間はお互いにナニを根拠にしたものか不明)

 さて『ダビデ家』のイエスを強調したいマタイとルカでこれだけ違った家系図を載せているのは一体ナゼなのであろうか?

 例えば(前述のように)マタイはこの家系図を福音書の最初に載せている。 つまりイエスがダビデの血統であり、かつその章の最後で書いているように「したがってアブラハムからダビデまでの世代が全部で14世代、またダビデからバビロン捕囚までの世代が14世代、バビロン捕囚からキリストまでの世代が14(実際は13)世代である」と、イエスがメシア(キリスト)である事の正統性を(ユダヤ教徒に対して)強調しようとしているように読める。 (14という数は完全数である7の2倍という意味で古代においては特別な数)

 それに対してルカは読者がユダヤ聖書を読んだ事がないとタカをくくっているのか、または本当に知らないのか・・・とにかくイエスが古くから続く家系であることを強調する余り、マタイにはない(通常ユダヤ人はアブラハムの子孫と考えているのであえて記述しない)『神・アダム→アブラハム』までの系図まで追加して(しかも適当に)記述しているように読める。 あえて言えば、ユダヤ聖書など読んだことも無い読者(信者)に、「とにかく古い家系なんだよ!」と押し付けているようにも思える。
(試しに、わたしも自宅の旧約(列王記)で、マタイの家系図をソロモン〜エンコヤまではたどってみようとしたのだが・・・途中で国がユダとイスラエルに分裂して、同じ名前の王が出てきたり・・・かと思うと末の息子以外全部殺されたハズなのでに、それと違う末っ子が後を次いで王になったり・・・とかなり系図を追うのが厄介で・・・何とかソロモンから下へ、また逆にエンコヤから上にたどってみたりしたが、途中のウジャ、ヨタムあたりでどうつながっているのかがわからなくなってしまった。)

 つまりマタイは身近なユダヤ教徒への対抗から、ユダヤ教徒であっても読める内容を書いたし、また書ける素養をもっていた(ユダヤ社会に詳しかった)と思えるが、逆にルカはユダヤ教のことをそれ程知らず、かつそれに無関心でも問題はない環境にいたと思われる。

シャルティエル
ゼルバベル

アビウド
エルヤキム
アゾル
ツァドク
アキム
エリウド
エレアザル
マタン
ヤコブ
ヨセフ
イエス
シャルティエル
ゼルバベル

レサ
ヨハナン
ヨダ
ヨセク
セメイン
マタティア
マハト
ナガイ
エスリ
ナウム
アモス
マタティア
ヨセフ
ヤナイ
メルキ
レビ
マタト
エリ
ヨセフ
イエス
 そしてこれは本題だが、なぜマタイとルカがそれぞれに違う家系図を書いたか・・・
マタイは(エルサレム崩壊後の身近な論争相手である)ユダヤ教徒(パリサイ派)に対して、イエス(キリスト)の正統性を示すことを目的としているのに対し
ルカは(当時としては新興宗教であったキリスト教の)歴史的な古さを(ローマ市民に対して)示すことが目的であったのではないだろうか・・・

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「新約聖書・訳と註 1 マルコ福音書/マタイ福音書」(田川建三・作品社)には註にマタイの系図と旧約との対応についての詳細が載っている。 これに基づいて再度マタイの系図を整理してみた。 なお名前の読みがかなり違っているが、これはギリシャ語の綴りをそのままカタカナ化したからだそうなので、ギリシャのアルファベット表記も参考として(但し特殊な記号はつけないで)併記した。 (正確なスペルを知りたければ本を購入する事!)
本文(田川建三訳) アルファベットでの綴り
カナはヘブライ語の読み
旧約
アブラハム アブラハムは
イサク イサクを生んだ
イサクは
ヤコブ ヤコブを生み
ヤコブは
ユダ ユダとその兄弟達を生み
ユダはタマルによって
タマル(Thamar) 創世記38章
歴代志上2:4
ファレス ファレスとザラを生み
ファレス(は
ファレス(Phares ペレヅ)
ザラ(Zara)
創世記38章を要約すると・・・ ユダは長子エルにタマルという妻を迎えたが、エルが(主の前に悪い者であったために)主により殺される。 そこでユダはタマルに子供を産ませるために次男のオナンの妻としたが、オナンもまた(理由あって)膣外射精(オナニーの語源)した為に主に殺される。 そこでユダは三男のシラが成長するまでタマルに寡婦のままでいるように命じるが、ユダはシラまで失う事を怖れて彼の妻とはしたがらない。 そこでタマルは自分だと気付かれないように顔を被って遊女を装い、道端でユダを誘惑して寝床を共にする。 その時にユダから印と紐と杖を得るのだが、やがて彼女が妊娠している事が知れて姦淫の疑いをかけれれる。 そこでタマルはユダから得た印と紐と杖により疑いをはらし、ファレスとザラの双子を産む。
新約福音書にもサドカイ派がイエスに長男も次男も三男も死んだら、その妻は天国では誰の妻となるのかというトピックがあるように、長男が死んだら、その妻を次男が引き取るというのはユダヤ人の古くからの習慣であった。 しかしその父親の子供を孕むというのはかなりな醜聞ではあったハズで、このエピソードもそういう意味でかなり微妙である。
エスローム エスロームを生み
エスロームは
Esrome ヘヅロン 歴代志上2:5
アラム アラムを生み
アラムは
Aram, ラム 歴代志上2:9
アミナダブ アミナダブを生み
アミナダブは
Aminadab 歴代志上2:10
ナアーソン ナアソーンを生み
ナアソーンは
Naasson,ナション
サルモーン サルモーンを生み
サルモーンはラハブによって
Salmon,サルマ
Rachab
歴代志上2:11
田川建三によれば「いかなる文献でもサルモーンの妻に「ラハブ」という名の人物が居たということも、ボエス(ボアズ)の母がラハブであるということも、記されていない(マタイ註5)らしい。 またヨシュア記2にはエリコで、エリコ王からヨシュアをかくまったラハブという遊女の記述があるが、「マタイの系図の作者が、何らかの仕方で、ヨシュア記2・3以下でくり返し言及されているラハブと混同したのであろうか。」とも書いている。 勿論これもかなり疑問に思える(おそらく田川建三氏本人も信じていない)仮説である。

ボエス

ボエスを生み
ボエスはルツより
Boes, ボアス
Routh
歴代志上2:11
ルツ記の主人公
ヨーベード ヨーベードを生み
ヨーベードは
IoBed, オベデ 歴代志上2:12
イェッサイ イェッサイを生み
イェッサイは
Iessai, エッサイ
ダビィデ ダビィデ王を生んだ。
ダビデ王はウリヤの妻によって
David
Ourias
サムエル記上16以下
サムエル記下11
ウリヤの妻とはバトセバBath-Shebaの事。 サムエル記下11を要約すると、ダビデは或る日(おそらく全裸で)からだを洗っている女を覗き見てしまい、その魅力に惹かれて(その時は戦場で戦っていた)ウリヤの妻と知りつつ彼女(バトセバ)を寝取ってしまう。 ところが彼女が妊娠した事を知ったダビデは急遽ウリヤを戦場から呼び戻しバトセバのもとで一晩寝かせて自分の罪を隠そうと図るが、戦場のことが心配なウリヤは自分だけが妻のもとに戻るなど出来ないという。 そこでダビデはウリヤを戦場に戻すが、同時に指揮官のヨアブに手紙を出して、ウリヤを最前線で戦わせて死んでしまうように図らせる。 事実ウリヤは討ち死にしてしまい、またダビデはバトセバを引き取って自分の妻にしてしまう。
ソロモン ソロモンを生み
ソロモンは
Solomon 列王記1章以下
ロボアム ロボアムを生み
ロボアムは
Roboam,レハベアム 歴代志上3:10
アビア アビアを生み
アビアは
Abia
アサフ アサフを生み
アサフは
Asaph,アサ
ヨーサファト ヨーサファトを生み
ヨーサファトは
Iosaphat,ヨシャパテ 歴代志上3:10-11
ヨーラーム ヨーラームを生み
ヨーラームは
Ioram
オジア オジアを生み
オジアは
Ozias,アハジャ
歴代志上3:11には「その子はアハジャ、その子はヨアシ」また続く3:12には「その子はアマジヤ、その子はアザリヤ、その子はヨタム、」つまりマタイは何故(数合わせの為?)かオジア(アハジャ)からヨーアターム(ヨタム)の間に、アハジャ、アザリヤ、ヨタムの記述を抜かしている。
ヨーアターム ヨーアタムを生み
ヨーアタムは
Ioatham,ヨタム 歴代志上3:12-13
アハズ アハズを生み
アハズは
Achaz
ヘゼキア ヘゼキアを生み
ヘゼキアは
Hezekias,ヒゼキヤ
マナセ マセナを生み
マセナは
Manasses 歴代志上3:13-14
アモス アモスを生み
アモスは
Amos,アモン
ヨシア ヨシアを生み、
ヨシアはバビロン移住の時に
Iosias
歴代志上3:15には「ヨシアの子らは長子ヨハナン、次はエホヤキム、第三はゼデキヤ、第四はシャルムである。」続く3:16には「エホヤキムの子孫はエコニア・・・」つまりここでもマタイはヨシアからイェホニア(エコニア)の間のエホヤキムを抜かしている。
またアモスは
「多分マタイ自身が「アモン」を有名な預言者の名である「アモス」と混同して書き間違えたのだろうか(同一人物とおもったわけでもあるまいが)。それを写本家が歴代志にあわせて正しく修正した。」(マタイ註10)という事らしい。
イェホニヤ イェホニアとその兄弟たちを生んだ。
バビロン移住の後イェホニアは
Iechonias,エコニア 歴代志上3:12-17
サラティエル サラティエルを生み
サラティエルは
Salathiel,シャルテル 歴代志上3:12-17
ゾロバベル ゾロバベルを生み
ゾロバベルは
Zorobabel, ゼルバベル 歴代志上3:12-19
「これ以後の名前は、さすがに歴代志上の表にはのっていない。」(マタイ註13〜15) つまりマタイがいかにもどこかで聞いたような名前をイエスにまでつなげる為に引っ張ってきたリストと考えてよい。
アビウド アビウドを生み
アビウドは
Abioud 不明
エルアキム エリアキムを生み
エリアキムは
Eliakim
アゾール アゾールを生み
アゾールは
Azor
サドク サドクを生み
サドクは
Sadok
アヒム アヒムを生み
アヒムは
Achim
エリウド エリウドを生み
エリウドは
Elioud
エレアザル エレアザルを生み
エレアザルは
Eleazar
マタン マッタンを生み
マッタンは
Matthan
ヤコブ ヤコブを生み
ヤコブは
Iakob
ヨセフ マリアの夫であるヨセフを生んだ。
そのマリアから
Ioseph
イエス キリストと呼ばれるイエスが生まれた。