coast
彼は真っ暗な中にひとり立っていた
下から波の砕ける音がするから海岸だろうか
見下ろしても海は見えないが
何か潮の様な匂いが下から漂い
断崖絶壁の上に立っているような
しかしそんな馬鹿なハズはない
少し後ずさると背中に何かが当たり
目を凝らしてみるとドアの様なんだが
今、通って来たばかりの出口のドアだろうか
でもドアノブは無く
引くわけにもいかず押しても開きそうもなく
にしても何か既視感がある
前にもこんな事がと思い返すが思い当たらず
いつかの夢の中での事か
とすればこれも夢の中なのか
しかしそれならそろそろ夢の主が現れて
彼を現実世界に戻してくれるハズなのだが
すると横から微かな声がした
「どうしたかと思ったら未だここにいたんですか」
何が起きているかわからない彼は声のする方をみて
しかし真っ暗でナニも見えず
ただ彼より少し身長がある男から(みえないのだが)
指の先の様なものが伸びてきて
「余計な事は考えずに今は足元に気をつけてください」
と男は注意すると壁ずたいに向うへ行く気配がする
「踏み外すと転落しちゃいますよ」
そりゃマズい、と彼も背を壁にあずけて男の後を追い
しばらくそうして壁をつたい歩いていると
少し目も慣れてきたのか辺りの風景がおぼろげに見えてきて
背にしていたのは大きな灯台の壁で
その横のわずかな細道を辿っていてすぐ横は絶壁
確かに踏み外したらと冷や汗もの
「あなた先程わたしの前を歩いていたかたですか?」
いや彼が勝手に後をついていただけで
この男はそれを知るハズもなく
しかし男は呑気な声で
「あなた中華そばがたべたいんでしょ?
だったらあと少しだから黙ってついてきてください」